夜鳴きそばの日ってあるの?歴史や語源を紹介!今は風鈴からチャルメラへ

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そば,山菜,どんぶり,おぼん,箸

ちょっと小腹が空いた時、無性に食べたくなるのが夜鳴きそば。

現在では、多くの方がラーメンを想像するのではないでしょうか?

その夜鳴きそばを調べてみると、古い歴史や意外な語源があることが分かりました。

今回は、夜鳴きそばの歴史と語源、なぜ今は風鈴からチャルメラに変わったのかを紹介します。

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夜鳴きそばの日ってあるの?

夜鳴きうどんの日は、讃岐うどん専門店の丸亀製麺が、立冬に当たる11月7日に独自に設定したようです。

じゃあ夜鳴きそばの日は?と気になって調べてみましたが、存在していないようです。

ただ、そばの日は制定されているようです。

11月30日に限らず、毎月月末(みそか)は「そばの日」です。

 昔、江戸の商人が毎月月末に縁起物としてそばを食べていたことから、日本麺業団体連合会が定めました。細くて長いそばの形状から、身代(しんだい=家の財産)が長続きするように、という願いを込めていたそうです。
出典:http://www.stat.go.jp/naruhodo/c3d1130.htm

立冬をすぎると、本格的な長い冬(北海道では11月から約半年)がやってくることを考えると、毎日が、夜鳴きそばの日と言ってもいいかもしれません。

寒い日に食べるのって身にしみますよね~!

夜鳴きそばの歴史や名前の語源は?


ここで、夜鳴きそばの歴史や由来について紹介します。

歴史を調べてみると、はっきりした年数は定かではありませんが、1700年中期には存在したようなので、今からざっと300年も前からあったなんて驚きです。

振り売りと呼ばれる、ざるや木桶、木箱、カゴを前後に取り付けた天秤棒を振り担いだ屋台方式で、そばを売り歩いたことが原点になっているようです。

当時は基本『かけそば』だったようですよ!

かけそばだけだと、ちょっとさみしい感じもしますが、きっと当時はごちそうだったんでしょうね。

語源については諸説あるようですが、「夜そば売り」が「夜鷹そば」が「夜鳴きそば」に変わっていったようです。

夜鷹そばって何って思いますよね。

実は、この呼び名は江戸限定だったようです。

夜鷹という言葉は、現在で言う「立ちんぼ」スタイルで、夜道を歩く男性に声を掛け、安価で売春を行っていた事が語源のようです。

一方関西では、夜鳴きそばと言われていて、今はこちらがメジャーになっていますね!

夜道を歩く男性に声を掛け、そば売りをしていたのと、売春がイコールになり、あまり語源の印象が良くない事から、夜鷹そばより、夜鳴きそばのほうが定着していったのかもしれません。

なぜ風鈴からチャルメラへ?

1700年代当時、夜鳴きそばの屋台にお客さんを集めるために使用していたのが、風鈴です。

動くたびに風鈴の音が響いていたのはもちろん、止まって商売をしている時も、風で揺れてアピールし、購入心をくすぐったんでしょうね。

そして今、夜鳴きそばと言えば『〆のラーメン』を真っ先に思い出しませんか?

昭和30年代から、「夜鳴きそば」は、中華そば(ラーメン)に変わり、風鈴もチャルメラに変わりました。

なぜ、夜鳴きそばの屋台が減って、ラーメンの屋台が増えたのかは定かではありませんが、風鈴よりも音が大きく、響くことで、より集客に期待できる事から、チャルメラに変わってきたと推測できます。

さらに高度成長期には、今以上に工事や騒音が大きく、風鈴の音では聞こえなかった事も要因の1つではないでしょうか?

現在では、屋台もなくなってきていて、めったに耳にする機会もなくなっています。

たまに聞けたとしても、録音による音色が多いようです。

ちょっと残念な気がします。

余談ですが、今でも僕の住んでいる北海道では、焼き芋の行商が車でまわってきます。

「いしやーき芋 おいもっ!」って聞こえると、何か無性に食べたくなるんですよね(笑)

まとめ

夜鳴きうどんの日があるから、きっと夜鳴きそばの日もあるんだろう調べてみたところ、予想に反して設定されていない事が分かりました。

しかし、語源や歴史を調べてみると、300年も前から夜鳴きそばが存在していた事や、語源は意外なところから来ていた事を知り、雑学博士になった気分です。

今はチャルメラすら聞く機会がなくなっていて残念ですが、1度でいいから風鈴屋台の夜鳴きそばを食べてみたいな!

寒い夜には、体の芯からあったまる夜鳴きそばの日を、自分で設けてみてはいかがでしょう(^.^)

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