プロ野球での通算選手生活25年、アメリカメジャーリーグでも4年間のプレー経験を持つ木田優夫。
2014年の選手引退後の現在は、日本ハムでGM補佐という仕事で活躍しています。
そんな木田優夫のプロフィールや経歴、意外な特技の紹介と、現在の仕事であるGM補佐の業務内容についてオヤジの独り言を交えて紹介します。
木田優夫のプロフィールと経歴を紹介!
プロフィール・経歴の順に紹介します。
プロフィール
生年月日 1968年9月12日生まれ
身長 188 cm
体重 95 kg
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
小学生の後半は、僕の地元である北海道(札幌)で少年野球をしていたことは意外でした。
その頃からプロになることを夢見て野球一筋に打ち込んでいたようで、志の高さがうかがえます。
最近のプロ野球選手では、190cmを超える投手も珍しくないですが、1968年生まれで188cmの身長は当時、恵まれた体格だったんでしょうね!
身長小さい僕なら、対面したら下から見上げる感じなのかなwww
経歴
日本大学明誠高等学校 3年夏は県大会決勝戦敗退
読売ジャイアンツ (1987 – 1997) ドラフト1位指名で入団 50勝
オリックス・ブルーウェーブ (1998) 4勝
デトロイト・タイガース (1999 – 2000) 1勝
オリックス・ブルーウェーブ (2000 – 2001) 5勝
ロサンゼルス・ドジャース (2003 – 2004) 0勝
シアトル・マリナーズ (2004 – 2005) 0勝
東京ヤクルトスワローズ (2006 – 2009) 9勝
北海道日本ハムファイターズ (2010 – 2012) 5勝
石川ミリオンスターズ (2013 - 2014) 3勝
北海道日本ハムファイターズGM補佐就任(2014-)
プロで74勝、メジャーリーグでも1勝あげているんですね。
メジャー時代は、交通事故にあって全治6週間の重傷を負ったり、投法をオーバースローからサイドスローに変更したりとかなり苦労したようで、「日本よりメジャーにいる時の方が3倍の早さで年を取る」とも語っていたようです。
日本では恵まれた体格で、読売ジャイアンツで50勝も挙げているピッチャーでもメジャーリーグの壁は高い事がわかります。
余談ですが、メジャーリーグで123勝もあげた野茂秀雄投手のすごさを改めて実感です!
意外な特技とは?
木田画伯 35年前台湾遠征で知った海外でプレーする面白さ― スポニチ Sponichi Annex 野球 https://t.co/CPRYPxcSBR
— がっちゃん(カープ最高) (@aioicarp) 2017年9月13日
そんな木田優夫の意外な特技を知っていますか?
『イラスト』を書くことなんです。
別名木田画伯と言われるほどの腕前で、特に似顔絵は秀逸です。
僕も実際にスポーツ番組で見たことがありますが、人物の顔の特徴をとらえて、納得のイラストでした。
現在も、スポニチアネックスで「木田画伯の球界絵日記」という連載を行っているようです。
また、得意なイラストで選手名鑑『木田優夫のプロ野球選手迷鑑』を刊行しています。
天は二物を与えるんだな~
僕には、もう少しでいいから身長と絵心がほしかった・・・(笑)
GM補佐の仕事って?
ここで、木田優夫の仕事であるGM補佐の仕事を紹介します。
まずは、GMの仕事とは?
チームによって役割は違うようですが、木田優夫の所属する日本ハムでは、『チームをつくる、編成する』チームの現場すべてを任され、選手がチームに必要かを見極める事が仕事のようです。
じゃあGM補佐の仕事って?
GMが不在の時の代理として現場を任される事のほかに、ドラフトに向けてアマチュア選手を見にいくことや、ホームゲームは約8割、ビジターゲームは約2割チームに帯同し、現場の状況を監督や選手にヒアリングして、問題があればGMに相談を行っているようです。
その帯同の合間に、アマチュア選手の発掘作業を行っているとのことなので、想像ですが日本全国を飛び回っているんでしょうね!
ドラフトは、チームの将来を決定する重要なものなので責任は重大ですので、それだけでもハードな業務内容の想像がつきます。
同じ中年オヤジとしては、くれぐれも体調管理には気を付けてほしいです。
まとめ
木田優夫は、過去には日本人で8人目のメジャーリーガーとして活躍され、74勝という華々しい結果も残しています。
今回は、そんな木田優夫のプロフィールと経歴、意外な特技や現在の仕事であるGM補佐の業務内容の紹介を行いました。
これからの野球界での更なる活躍に大いに期待しますし、もっと特技のイラストを目にする機会が増えたらうれしいです。